大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 昭和55年(ワ)108号 判決

原告 角栄産業株式会社

右代表者代表取締役 福島スマ子

右訴訟代理人弁護士 斎藤守一

右訴訟復代理人弁護士 伊達健太郎

被告 国

右代表者法務大臣 奥野誠亮

右訴訟代理人弁護士 原田義継

右指定代理人 宮川政俊

〈ほか一名〉

主文

一  被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和五五年一月二五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用はこれを二分し、それぞれを各自の負担とする。

三  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

ただし、被告が金四〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金二〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第1項につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (不適式な登記申請の受理)

(一) 原告は、訴外伊豫康正所有の別紙物件目録一、二記載の土地、建物(以下「本件不動産」という。)につき、別紙登記目録一記載の根抵当権設定登記により表示された根抵当権を有し、訴外大井産業株式会社(以下「訴外会社」という。)は、本件不動産につき、同目録二記載の根抵当権設定登記により表示された根抵当権を有していた。

(二) 昭和五一年一二月原告は訴外伊豫に対し、新たに金員を貸付けるに際し、原告が本件不動産につき有する前記根抵当権の極度額を、金五〇〇万円から金七〇〇万円に増額変更し、その旨登記するよう求め、同訴外人に原告の委任状を交付した。

(三) 訴外伊豫は、後順位根抵当権者である訴外会社の承諾書を添附することなく、福岡法務局西新出張所登記官に対し、右根抵当権極度額の変更登記の申請をし、同登記官は前項の承諾書を欠く不適式な登記申請を受理し、別紙登記目録三記載の根抵当権変更登記(以下「本件増額登記」という。)をなし、右登記簿謄本及び登記済証を発行・交付した。

2  (登記官の過失)

根抵当権の極度額変更登記の申請をなすには、利害関係人の承諾書及び印鑑証明書を申請書に添附しなければならず、これらが添附されていない場合は、登記官はその登記申請を却下しなければならないのにもかかわらず、右登記官は、前記のとおり、不適式な登記申請を受理し、本件増額登記をなし、右登記簿謄本及び登記済証を発行・交付した。

3  (損害の発生)

(一) 原告は、訴外伊豫から右登記簿謄本及び登記済証の提出を受けたので、適法に本件増額登記がなされたものと信じ、同人に対し金員を貸与した。

(二) その後、建設業を営んでいた同訴外人が倒産したため、本件不動産は競売に付され、原告は、福岡地方裁判所昭和五二年(ケ)第二一六号不動産競売事件において、前記増額された極度額の範囲内で金七〇〇万円の配当を受けることになった。

(三) ところが、訴外会社から、本件増額登記は同会社の承諾を得ずになされたもので無効だとして、配当異議の訴(同裁判所昭和五四年(ワ)第一五二五号配当異議事件)が提起され、原告は同訴訟において敗訴し、本件増額登記分金二〇〇万円の配当を受けることができなくなった。また訴外伊豫は、倒産後、無資力となり、結局、原告は、金二〇〇万円相当の損害を被った。

よって、原告は被告に対し、登記官の不法行為により、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償として、金二〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び主張

1  請求原因1の事実中、原告が本件不動産につき別紙登記目録一記載の根抵当権設定登記及び同目録二の増額登記を有していたこと及び登記官が不適式な登記申請を受理し、本件増額登記をなし、右登記簿謄本及び登記済証を発行・交付したことは認めるがその余の事実は不知。

2  同2の事実中、登記官が訴外会社の承諾書及び印鑑証明書の添付がない不適式な登記申請を過失により受理し、本件増額登記をなし、右登記簿謄本及び登記済証を発行交付したことは認める。

3  同3(一)(二)の事実は不知。同3(三)の事実中、訴外会社から配当異議の訴があったことは認めるが、その余は不知。

4  原告主張の損害は、原告ら登記申請当事者の責任において行うべき根抵当権の極度額の変更のための承諾を得ていなかったこと、即ち、実体上の関係が欠如していたことによるものであるから、本件の承諾書の添付を欠く登記申請を登記官が受理したことに過失があるとしてもその過失と原告の被った損害との間には因果関係がない。

三  抗弁

(過失相殺)

原告の主張する損害と、登記官の過失との間に相当因果関係が認められるとしても、原告主張の損害の発生には、原告自身の過失がある。

即ち、一般に金銭を貸付ける場合、債権者としては、債務者の返済の意思を確認し、担保となる物件の価値等を調査してなすのが常識であり、まして根抵当権の極度額を増額変更するには、後順位抵当権者等利害関係人の承諾がなければ効力が生じないのであるから、極度額の増額変更をするものは登記簿を調査し、後順位抵当権者等の有無を確め、承諾を得たうえでなすべきである。ところが、原告は、登記簿等の調査をせず、しかも、訴外伊豫に委任状を交付して登記手続一切を任せている。もし、原告が事前に右の調査をしていれば、訴外会社の根抵当権設定登記の存在を知り、同会社の承諾を得ないで根抵当権の極度額の変更登記を申請することもなく、原告主張の損害が発生する余地もなかった。

また、登記後においても、訴外伊豫が原告に提出した登記簿謄本を見て通常人の注意を払えば容易に訴外会社の存在を知り、訴外伊豫に対し訴外会社の承諾を得たかどうかを確めることにより金銭を貸付けないこともできたのに、訴外会社の承諾の有無を確めることなく漫然貸し付けた過失がある。

更に、原告は増額分を極度額とした新根抵当権を設定しておれば、損害の発生を未然に防止しえたはずであるのに、それも行っていない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因について

1  当事者間に争いのない事実並びに《証拠省略》を総合すれば次の事実が認められる。即ち、原告は、本件不動産につき極度額五〇〇万円の根抵当権(別紙登記目録一)を有していたところ、訴外伊豫の申出に応じて、更に融資をなすべく、同訴外人に対し、右物件につき極度額を七〇〇万円に増額してくれば右融資に応ずる旨申し伝え、同訴外人が右増額の変更登記手続をなすのに必要な委任状(但し訴外竹下司法書士に対する登記申請手続の委任状)を交付した。

ところで、右の増額登記をなそうとした当時、本件不動産には右原告の根抵当権の次順位に訴外大井産業株式会社の極度額七〇〇万円の根抵当権設定登記がなされていたのであるから、原告の前記根抵当権の極度額五〇〇万円を七〇〇万円に増額変更するためには右訴外会社の承諾が必要であった。

しかるに、原告、訴外伊豫のいずれも右訴外会社の承諾を得ることなく、右増額登記の手続を前記司法書士に委任し、同司法書士も訴外会社の承諾を得ないまま同登記の申請をなし、右申請を受けた福岡法務局西新出張所登記官は訴外会社の承諾書及び印鑑証明書の添付を欠く不適式な右登記申請を受理し、原告のため、別紙登記目録三のとおりの極度額を七〇〇万円とする根抵当権変更登記(本件増額登記)をなし、その登記済証及び登記簿謄本を交付した。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

2  請求原因2について判断するに、右認定のとおり前記登記官は不適式な登記申請を受理し、本件増額登記をなし、右登記簿謄本及び登記済証を発行交付したものであるが、右が不動産登記法三五条一項四号、四九条八号に反する違法な行為であることは明らかであり、同登記官が右の行為をなしたことについては過失があると認められる。

3  そこで、原告の損害の有無及び右登記官の過失行為との因果関係について判断する。

(一)  《証拠省略》によれば、原告は訴外伊豫から、本件増額登記の登記簿謄本及び登記済証の交付を受け、本件根抵当権の極度額変更は有効になされたものと確信し、右登記簿謄本により知った後順位根抵当権者に対する対抗力の有無に関しては自ら訴外安部司法書士に問い合せ、訴外会社に優先することを確認したうえ、昭和五一年一二月二五日訴外伊豫に金一〇〇万円を貸し渡したこと、原告が本件増額登記の無効であることを知っていれば、右融資は行なわなかったことが優に認められ、更に、右証拠によれば請求原因3(二)の事実も認めることができる。請求原因3(三)のうち、訴外会社から配当異議の訴がなされたことについては、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、原告は右訴訟において敗訴し、別紙登記目録一の根抵当権の極度額五〇〇万円の範囲で配当を受けたが本件増額登記分金二〇〇万円については配当を受けることができなかったこと及び《証拠省略》により、訴外伊豫は、本件不動産を除いてめぼしい財産がなく、右不動産が競売された以後である本訴提起時において無資力の損害を被った事実が認められる。

(二)  ところで、被告は後順位根抵当権者の承諾書を欠く原告の本件増額登記申請を受理し、同登記をなしたことと原告の損害との間には因果関係がない旨主張しているが、右承諾書の添付の有無の審査は登記官の義務に属する形式的審査権の範囲に属する事柄であり、登記官において右の義務を尽すことは容易であったこと、登記官において右の義務を尽しておれば後記原告の損害はその段階で防止し得たこと、本件増額登記がなされた以上、同登記が適式になされたことを信頼し、したがって、同登記は実体上も有効であることを信頼して取引関係に入る利害関係人の期待には無理からぬものがあり、右の信頼は保護されるべきであると考えられること、したがって、原告の被った損害はその実体上の効力を問題とする以前に、より直截的に登記官の前記過失に基づくものと評価することができ、その間に相当な因果関係があると認められ、これに反する被告の主張は採用することができない。

4  以上のとおりであるが、原告が被った損害のうち本件増額登記が無効なこと(被告の過失行為)との間に因果関係が認められるのは、原告が本件増額登記を有効なものであると信じて、新たに貸し付けた前記金一〇〇万円及びこれに対する不法行為日の後であることが記録上明らかな本訴状送達の日の翌日である昭和五五年一月二五日から支払いずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度についてであり、その余の部分は失当である。

二  抗弁について

《証拠省略》によれば、原告が後順位根抵当権者の有無及び極度額の増額についての承諾の有無につき何らの調査をしていないこと、本件増額登記がなされた後においても、原告が右増額登記を委任した訴外伊豫に対して右承諾の有無を確かめていないこと等被告主張の事実も認められるが、一方、《証拠省略》によれば、原告がなした本件増額登記(昭和五一年一二月二一日受付)は増額前の登記(昭和五一年六月二五日受付)からさ程日時が経過しておらず、その間に後順位根抵当権が発生していることに思い及ばず、その調査をしなかったこと、原告は本件増額変更登記手続をなすについては、懇意にしている司法書士に委任してこれを行っていること、右増額登記がなされた後、登記簿謄本により後順位抵当権者のあることを知ってからは直ちに知合いの司法書士に原告の登記の効力(対抗力)の有無を尋ね、同司法書士から心配のない旨の確認を得たうえで、貸付けを行っている等前記認定の事実が認められる本件の場合、原告に過失があるとまではいえないと考える。

さらに、極度額変更の方法をとらず、増額分を極度額とした新根抵当権を設定しておくべきであったとの被告の主張是認しえないことは明らかである。

以上のとおりであり、過失相殺の主張は容認できない。

三  結論

以上の事実によれば、本件請求は、原告が被った損害のうち金一〇〇万円及びこれに対する昭和五五年一月二五日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを容認し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言及び仮執行の免脱宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 兒嶋雅昭)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例